第139回 損失補償

  行政救済の二つ目は、損失補償です。損失補償は、適法な公権力の行使によって加えられた特別の犠牲に対し、公平の見地から全体の負担において調節するための財産的保障のことで、適法行為に基づく財産権の損失に対する補償である点で、国家賠償と区別します。

  損失補償は、憲法でもある程度勉強しましたので、そこではあまり触れない部分を重点的に解説します。具体的には、①損失補償の意味、内容、方法、②国家賠償と損失補償の谷間――についてです。

 

Ⅰ.損失補償の意味、内容、方法

  損失補償は、国・公共団体の適法な行政活動により加えられた財産上の特別な損失について財産的補てんを行うものです。そこで、損失補償の趣旨は、公益のための権利制限により特別な犠牲を負った人に対して、損失を補てんすることで平等原則を実現することにあると言えます。

  適法な行政活動としては、公共事業のための財産の強制的取得(=公用収用)や、公共の利益を満たすために特定の財産に制限を加える場合(=公用制限)などが考えられます。
公用収用の例は、道路やダムなどの建設のための土地の取得、公用制限の例は、砂利採取制限、ため池の堤とう部分の使用禁止、食品添加物としての指定の取消し、自然公園指定に伴う財産権制限――などです。

  損失補償には、国家賠償と異なり一般法が存在しません。土地収用法や道路法など個別に定められている以外は、憲法29条3項を根拠に補償請求する余地があると言えます。

  権限の制限がある場合では、常に補償が必要なわけではありませんから、補償の要否を判断する必要がありますし、さらに、補償が必要な場合でも、その内容をどの程度と見るのかは難しいところです。憲法でもお話ししましたが、補償の要否については①形式的基準と②実質的基準――を持って判断するのが通説となっています。

  また、補償の内容については、原則として当該財産の市場価格を基準とした完全補償が憲法上要求されるとするのが、判例です。
例えば、土地収用における補償額に関する判例では、収用されることを予定した建築制限付き土地の収用においては、収用の前後を通じて財産価値を等しくさせるような補償をすべきであるから、補償額は、建築制限を受けていなければ裁決時において有するであろう価格が基準となっています。

  憲法では、損失補償は主に財産権に対する補償を問題として扱われていましたが、行政法では、さらに進んで、損失と考えられるもの一般についての保障を問題としています。
具体的には、憲法的な発想なら財産権が侵害された場合、市場価格による補償が与えられれば完全補償がなされたことになりますが、行政法では、行政活動がなかったのと同様の状態が回復されなければ完全補償とは言えないことになります。発生した損失を特別な犠牲と捉え、その補てんをする必要があると考えると、直接にはく奪された権利以外に発生した不利益についても補償しなければならないというのが、行政法的な発想です。

具体的には、土地収用法を見てみると、土地の一部を収容した結果、残った部分の地価が低下した場合、その分の補償も必要とされます(=残地補償)。また、収用する土地上にある物件を移転するための費用も補償の対象になります(=移転補償)。このように、波及的に発生する損失も補償の対象になるわけです。

  また、土地収用法では、上記のように積極的に発生する損失のほかにも、通常受ける損失を補償しなければならないとも定めています(88条)。その例が、離作料、営業上の損失、建物移転による賃料の損失――など得られるべき利益についての補償です。

  一方で、経済的価値には当たらない特殊な価値、つまり個人的な思い入れや、文化財的価値は、通常受ける損失には当たらず、補償の対象とはなりません。

  次に、補償の方法です。原則として金銭補償です。損害賠償と同じく適切な補償額の調整をしやすいからです。もっとも、例外的に、土地収用法82条1項のように、個々の法律に定めがあれば現物補償も認められています。

  補償されるべき人が複数いる場合、金銭の支払い方法は、原則として個別的に支払います。例外として、一括払いが認められている場合もありますが、個別に見積ることが困難な特殊な場合に限られます。

  補償の時期は、土地収用をめぐる法律関係は、従来の所有者を売主に、事業者を買主に見立てることができるので、財産供与と補償が同時履行の関係にあるのが適切と言えそうですが、利用制限を考慮すると、常にこのような関係が成り立つとは言えません。
そこで、判例では、財産の供与と補償は当然に同時履行の関係にあるとは言えず、同時履行とするには、その旨の法律の規定なり、契約なりが存在することを要するとしています。

 

Ⅱ.国家賠償と損失補償の谷間

  国家補償を巡る問題として、国家賠償と損失補償の谷間について触れておきます。国家賠償と損失補償の谷間とは、違法無過失な行為に基づいて損害が発生した場合です。

  つまり、違法であっても無過失な行為に基づいて損害が発生した場合には、過失責任主義を採る国家賠償の対象にはできません。また、財産上の損失ではないため、損失補償の対象にもできません。となると、この場合に被害者を救済する方法はないのでしょうか?

  この問題は、予防接種に伴い副作用が発生した者の救済をどうするかという問題として検討されてきました。副作用の発生の可能性が高い禁忌者に予防接種をすることは違法に当たるでしょうが、そのことに気付かないで接種したことに過失を認定することが困難という場合です。

地裁レベルの判例ですが、損失補償の一種と見て憲法29条3項を類推適用することで解決を図ったものがあります。しかし、判決の主流は、国家賠償の対象として処理を試みています。

具体的には、予防接種の場合には、接種に当たり禁忌者かどうかを区別する点に、実施者に高度な注意義務を課します。そして、この義務に違反していないか、義務違反がなくても副作用が発生する者であったかのいずれかを証明できない限り、過失を推定することにしました。その上で、禁忌者か否かを見抜くのに必要な措置をとる義務を組織の長である厚生労働大臣に負わせることで、国家賠償請求が成立することを認めるとしたのです。

  なお、予防接種以外で、違法無過失な場合について賠償請求を認める必要があるときに、営造物や設置管理の概念を緩和して、2条責任を広く認めた判例もあります。

行政法139-1

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