第116回 行政行為の瑕疵~その2
前回、行政行為の瑕疵が無効になる場合をいろいろ見てきましたが、行政行為の公定力・不可争力を否定できる場合は、ほかにもあります。それが、公定力や不可争力を勉強した時に出てきた違法性の承継です。
今回は、この①違法性の承継と、②瑕疵の治癒・違法な行政行為の転換――について勉強することにします。
Ⅰ.違法性の承継
違法性の承継とは、先行行為の違法性が後行行為に承継され、後行行為の違法事由となることでしたね。後でなされた行政行為の効力を否定するに当たり、先行行為の違法性を根拠として争えることです。
この場合、先行行為を訴訟の対象とする必要はなく、先行行為について争うことが可能な期間が過ぎてしまっても、後行行為の違法を争う手続きの中で先行行為の違法を主張できることになります。
この結果、先行行為についての公定力や不可争力を否定するのに近い結果が得られることになります。
ただし、違法性の承継を認めて先行行為の違法を主張することは、そう簡単ではありません。ある行為が法律上争えないのに、別の訴えで争えるということが簡単では、行政上の法律関係を早期に安定させるために公定力や不可争力を認めた意味がなくなるおそれがあるからです。
そこで、違法性の承継が認められるのは、複数の行政行為が一体のものと評価できる特殊な場合と決まっています。
具体的には、
①複数の行政行為が、一つの効果の実現を目指しこれを完成するもの、また、そのためには
②先行行為と後行行為が相結合したものであること――の2つの条件をみたした場合です。
例えば、土地収用手続きにおける事業認定とそれに続く収用裁決がこのような関係が認められる場合と言われています。事業認定はある公共事業の完成を目指したもので、そのための具体的な手段が収用裁決になります。同じ目的を目指した一つの手続きの流れを構成する一体の行為であると言えるのです。
同じく、農地買収計画とそれに続く買収処分にも同じ関係が認められます。
このことは、事業認定や農地買収計画の策定の段階では、処分性や原告適格(どちらも行政救済法で詳しく解説します)の問題で、私人がこれを争うことは難しく、収用裁決や農地買収処分があって初めて争えるということと無関係ではないと言えます。
つまり、これらの場合、先行行為に違法があるが争えない…、さらに争うことができる具体的な処分そのものには違法がない…ということが発生してしまうのです。これでは、行政の適法性の維持や権利救済の観点で問題がありすぎですね!
そこで、違法性の承継が認められるのです。
一方、判例では、租税賦課処分とそれに続く滞納処分の間には、違法系の承継がないとしています。理論的には、租税賦課処分は租税の納付義務を発生させることを目的とする処分であるのに対し、滞納処分は履行を強制するためのものであって、両者は別個の効果を目指すものと解釈しているのです。
実質的にも、租税賦課処分については、原告適格、処分性などの観点からみて単独で争うことが可能ですし、違法性の承継を認めて国民を救済する必要もないと言えます。
以上のように違法性の承継は、ある行為について処分性がないとか不可争力により争うことができないということでは不当な結果が導かれる場合に、救済するためのものであり、救済の必要がある場合に認められる理論であると言えそうです。
Ⅱ.瑕疵の治癒・違法な行政行為の転換
行政行為に瑕疵があれば取消せるのが原則です。しかし、違法が重大である場合には取消すまでもなく、行政行為が無効になったのと逆に、瑕疵が軽微であるものなら行政行為の効力を否定するまでのものでない場合もあり得ます。
軽微な瑕疵による行政行為の効力を否定する必要がなく、否定したら弊害が発生することも考えられるなら、行政行為の効力は維持する方がいいに決まっています。
弊害とは、例えば効力を否定することが行政行為が有効であるとする相手方の信頼を裏切るおそれがある場合です。このような場合、法的安定性や行政経済(無駄を省く)という観点から、当初の行政行為の効力の維持を認める方が適切です。
この例として、欠けている要件(通常は手続きや形式的な要件です)が、追完され、瑕疵がなくなった場合を挙げることができます。これを瑕疵の治癒と言います。例えば、農地買収計画の縦覧期間が所定より1日短かった場合、手続的には違法ですが、その間に関係者全員が縦覧を済ませていたとすれば、実質的な問題はないので、瑕疵の治癒を認め、行政行為の効力を維持することをとります。
また、ある会議の招集手続きに瑕疵があったとします。でも、会議に所定の参加者が全員出席して、異議なく議決に参加したとしたら、招集手続きの瑕疵により参加者などの利益を損なう事情はないと言えます。そこで、この場合も瑕疵の治癒が認められます。
一方、ある判例では、行政処分に伴って理由付記が要求されているにもかかわらず、これを行わなかったという違法について、後日不服申立ての裁決の段階で、詳細な理由を申立てて追完を行っても、違法性の治癒が認められていません。
違法性の追完の認否認を考える際には、守られるべき点がなぜ守られるべきなのかを考えると分かりやすいでしょう。
仮に、理由付記の趣旨が単に理由を知らせればそれでよいというなら、いつ知らされるかは重要ではありません。
しかし、理由付記の趣旨が、もっと深いところ、例えば相手にとって不利益なある処分をするに当たって、処分庁に慎重な判断をさせ、処分の合理性を確保するということにあったとしたら、付記のあるなしはとても重要と言えます。
さらに、処分の相手にとって理由が分からないとすれば、不服があっても十分な反論ができないことになります。つまり、理由付記の趣旨は、相手方の不服申立ての便宜を図る点にもあるのです。
とすると、理由は先に書いてなければ意味がないことになりますね。とすれば、審査請求の時点で理由が知らされても瑕疵を治癒するわけにはいかないことになります。これが、前述の判例の判旨です。
次に違法行為の転換です。これは、違法であるから本来の行政行為の効力としては認められない瑕疵ある行政行為を、瑕疵がない別の行政行為として有効なものとして扱うことです。
例として、市役所の空いたスペースを飲食店として利用することを許可する処分の通知を考えてみましょう。この許可通知がされたときに申請した人がすでに亡くなっていたとします。亡くなった方には法的には人権はありません。そこで、行政行為の相手が死者である場合、権利義務を発生させる必要がないので、法律上では、行為は無効となります。
例えば、公務員の採用許可や医師免許などは個人に対して与えられるものなので、当然、原則通り免許は無効となります。
しかし、例のように営業許可だったらどうでしょう? その許可は人の個性を問題としたものではありませんね。申請者が死亡しても店は一緒にやっている息子に相続され、滞りなく経営できる状態にあったとしても、無効となってしまうのでしょうか?
実は、この事例の市役所の一部の使用許可処分は、営業許可を相続されることと考えることにしました。
つまり、この事例の許可処分を、これを受取った相続人に対する許可処分として取扱うのが妥当ということになっています。このため、無効なはずの営業許可処分を、その相続人に対する許可処分に振り替えることとしたのです。これを、違法行為の転換と呼びます。
違法行為の転換には、このほか、小作人からの賠償請求を要するとの定めに基づき買収計画が定立されましたが、買収請求が欠けていた事例があります。この場合に、賠償請求を要件としないで買収計画の定立を認める別の条文を適用して、買収計画を相当とする判断をすることができると、判例はしました。
このような解釈は、誤りを是正する手段として簡便であるし、いちいち手続きのやり直しをする必要がないので、早期に問題を解決できるメリットがあるというわけです。