第31回 受益権とは

  第10回から30回にわたって憲法に規定されている人権について、包括的基本権、自由権、社会権、参政権と見てきましたが、今回はいよいよ最後の受益権です。

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  受益権とは、国民が自分の利益のために国家の積極的な行為を要求したり,公の施設の利用を請求できる権利で、①請願権、②国家賠償請求権、③裁判を受ける権利、④刑事補償請求権――の4つがあります。今回はそれらを順に見ていくことにします。

 

Ⅰ.請願権

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  請願とは、国や地方公共団体の機関に対して、その仕事に対して希望を言うことです。憲法では16条で請願することを保障しています。冒頭に「何人も」と書いてあるのは、未成年者や外国人でも、誰でも請願することができることを表します。また、「平穏に」というのは、暴力や威嚇を行わないで――という意味です。そして、請願権を行使したことで差別的な待遇を受けないことも保障されています。

  請願権は、歴史的には民主主義が確立する前の専制君主国家において、民意を専制君主に伝えるための手段として重要でした。民主主義が確立され、国会議員選挙などを通じて民意を国政に反映させるルートが確保されている現代においては、請願権の重要性は薄れてきています。
しかし、民意を表すための一手段として必要なことは明らかで、特に選挙権の制限を受ける未成年や外国人にとっては重要な意味を持つと言えます。

  では請願を行うにはどうしたらいいのでしょう? 請願の手続については、請願法や国会法などに規定があります。請願は国会や各議院に対して提出されることが多いのですが、請願が適法に提出された場合は、機関は請願を受理して誠実に処理しなければならないことになっています。
ただし、具体的にどのような処理をし、どのような結論を出すかについては特に規定されていません。

 

Ⅱ.国家賠償請求権

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  国家賠償請求権とは、公権力によって違法な行使がなされた場合に、国民が国家に対して損害の賠償を請求する権利のことです。憲法17条には国家賠償請求権の保障を明示しています。明治憲法下では国家無答責の原則といって、国の不法行為についての国家賠償責任を否定していました。そこで、日本国憲法には、国家の賠償責任を明らかにし、国民の権利救済を図る意図がうかがえます。そして、これを具体化した法律として国家賠償法が規定されています。

  国家賠償法では、「国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えたときは、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずる」と規定し、公務員の負うべき責任を国や公共団体が肩代わりすることを定めています。この目的は、公務員の保護にあるのではなく、本来は公務員個人が責任を負うべきであるものの、その場合、被害者が十分な救済を受けられないケースも予測されるので、被害者保護の意味で、国などが責任を負うことにしているのです。

  また、国家賠償法には、公の営造物(道路や河川、公共団体の建築物)などの設置や保存に問題があって、国民が損害を受けた場合も、国や公共団体が損害賠償責任を負うとしています。

  さて、ここで一つ判例を見てみましょう。「郵便法違反事件」です。

  この事件の概要は、次のとおりです。Xは、Aに対する債権の弁済を得るため、裁判所に対してAの銀行預金の差押命令を申し立てました。同裁判所は、これを認め差押命令を行い、特別送達の方法で銀行宛に命令正本を出しましたが、郵便業務従事者が私書箱に投函したため送達が遅滞しました。一方、その間に差押えを察知したAが預金を引き出してしまったので、Xは債権回収の目的を達することができませんでした。そこで、Xは国に対して損害賠償を求める訴えを提起しました。

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  判例では、郵便法の規定は憲法17条に反すると決定し、Xは国から損害賠償を受けました。

ある法律の合憲性を争うためのテクニックの一つとして国会がそのような法律(ここで言えば郵便法)を作った行為(立法行為)、あるいは適切な法律を作ることを怠ったこと(立法不作為)が違法であり、それによって損害を受けたとして国家賠償請求訴訟を起こすことがあります。

このような裁判が行われる場合、まず、「国会の立法行為・立法不作為が国家賠償法において違法とされるときはどんな場合か」を考えます。
従来、判例では、国会の立法裁量を重んじて「国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにも関わらず国会があえて当該立法を行うというような、容易に想定し難い」ときでなければ国家賠償法上違法値は評価されない、と判定しました【最判昭60.11.21】。

しかし、最近になって、「立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置をとることが必要不可欠であり、それが明白であるにも関わらず、国会が正当な理由なく長期に渡ってこれを怠る場合などには、例外的に、国会議員の立法行為又は不作為行為は、国家賠償法1条1項の規定の適用上、違法の評価を受けるものと言うべきである」と判示し、立法不作為の違憲性・違法性を認めています【最判平17.9.14】。 

 

Ⅲ.裁判を受ける権利

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  裁判を受ける権利は、国民が自己の権利・自由を侵害された場合に、政治権力から独立した公平である司法機関にその救済を求めることができる権利です。具体的に言うと、刑事事件では、裁判所の裁判によらなければ刑罰を科せられない権利を意味します。また、民事・行政事件では、自己の権利、利益が不法に侵害された場合に、裁判所にその救済を求めることができる権利を意味します。これは裏返せば、国が裁判を拒否することを禁止することでもあります。

 

Ⅳ.刑事補償請求権

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  刑事裁判は被告人が有罪か無罪かを判断する手続ですから、「被疑者(被告人)を抑留・拘禁したけれども、裁判の結果は無罪だった」ということも当然あり得るわけです。そして、この場合、「結果が無罪だったから、抑留・拘禁は国による違法行為だった」というわけでもありません。しかし、結果が無罪だったということは、抑留・拘禁という重度の人権侵害は不必要なものであったことには違いありません。

  そこで、憲法40条は、このような人権侵害に対しては、補償を求めることを認めています。また、抑留・拘禁が違法行為であるが故の損害賠償ではないので、捜査機関の故意や過失、違法性などの要件は必要ありません。

  条文の「法律の定めるところにより」という記述を受けて、刑事補償法が制定されています。

  憲法40条の刑事補償請求権の要件には次の2つがあります。

①抑留、又は拘禁された

②無罪判決を言い渡された

  ①には、逮捕・勾留はもちろん、懲役刑や禁錮刑の執行、死刑執行のための留置なども含まれます。②は、刑事訴訟法による無罪判決の決定はもちろん、免訴*1または公訴棄却*2の裁判を受けた場合であっても、仮に免訴や公訴棄却の裁判がなされる原因がなかったならば、無罪判決がなされたという十分な理由がある場合にも、刑事補償がなされます。

  *1【免訴】刑事裁判において、公訴権の消滅を理由に有罪・無罪の判断を
    せずに裁判を打ち切る事、又は、その旨の判決を裁判所が言い渡す事
    を言います。免訴が行われる場合は、①確定判決を経たとき、②犯罪
    後の法令により刑が廃止されたとき、③大赦があつたとき、④時効が完
    成したとき――です。

  *2【公訴棄却】刑事訴訟で、形式的、手続き的な訴訟条件が備わっていな
    いために、公訴を無効として排斥する裁判のことです。公訴棄却が行わ
    れる場合とは、①起訴状謄本が起訴後2カ月以内に被告人側に送達さ
    れなかった場合、②起訴状記載事実に犯罪行為が含まれていない場
    合、③公訴が取消された場合、④被告人が死亡した場合、⑤別の裁判
    所へ二重起訴されていた場合において決定により、被告人に対して裁
    判権が欠如している場合、⑥同一裁判所へ二重起訴されていた場合、
    ⑦公訴取消後に十分な理由なく再起訴する場合、⑧公訴手続が無効な
    場合――です。

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