第20回 言論・出版その他一切の表現の自由

  第20回は、第19回の集会・結社の自由のほかに、憲法第21条第1項に規定されている「言論・出版その他一切の表現の自由」について解説します。その他一切とは、①営利的表現の自由、②報道・取材の自由、③アクセス権、④公務員の政治活動の自由、⑤通信の秘密――などのことで、ここでは行政書士試験に取り上げられる、重要な判例を基に解説していきます。

憲法20-1

  憲法第21条第1項でいう言論とは口頭による表現行為を、出版とは印刷物による表現行為を指しますが、これらは例を出しているだけ(例示と言います)であって、その他一切の表現、つまり、すべての表現媒体による表現の自由が保障されているのがこの条文です。

 

Ⅰ.営利的表現の自由

  最初に営利的表現の自由について考えてみましょう。営利的表現=新聞に折り込まれているチラシやテレビのコマーシャルなどの営利的な広告を行う自由――は、表現の自由の意味をどう解釈するかによって、思想や信教などの精神作用の内容の表現の自由と同じに保障されるかどうか、議論が分かれています。

①A説では、完全に営利目的だけを考えた広告を行う自由については、経済的自由の一つだから、表現の自由よりも広い制限を受ける――と言っています。

②B説では、営利的表現の自由は、表現の自由と経済活動の自由の両方の側面を持っているから、他の表現の自由よりは幅広い制約を受ける――と言っています。

③C説では、実際には営利目的と精神作用の内容を表現する目的とは区別が難しいし、情報の受け取り手の知る権利からすれば、広告も生活に重要な意味を持つのだから、他の表現の自由と同様に、厳格な違憲審査基準によって制約を行わなければならない――と言っています。

  では、実際の判例では、営利的表現の自由の制約は、どの程度許されているのでしょう?

  「あんま師はり師きゅう師及び柔道整復師法違反事件」と呼ばれるこの事件は、灸(きゅう)師を営んでいる被告人が、灸の適応症であるとした神経痛、リウマチ、血の道、胃腸病等の病名を記載したビラ約7,030枚を配布したことは、あんま師はり師きゅう師及び柔道整復師法第7条に違反するとして訴えられましたが、同時に、この法律の第7条が、営利的表現の自由を制限していることは違憲でないかも争われました。

憲法20-2

  最高裁の判断は、「適応症の広告を無制限に許すと、誇大広告がなされるおそれがあり、それにより一般消費者が適切な医療の機会を失う危険性を伴うので、予防する目的で一定の広告制限を設けることは、国民の保健衛生上の見地から、公共の福祉を維持するためにやむを得ない」としています。

結論として、あんま師はり師きゅう師及び柔道整復師法第7条は、公共の福祉の維持のために許される――という内容でしたが、一方で表現行為の制約に対する明確な違憲審査基準は用いられていない――との批判もあります。

 

  表現の自由に対する規制の合憲性を検討するに当たっては、

①表現の内容に着目した規制なのか

②表現の外的要素(時、場所、方法など)に着目した規制なのか

という視点から分析してみることが大切です。
なぜなら、内容に着目した規制の合憲性を検討する場合は、表現行為の基底にある表現者の思想や人格そのものの規制につながることがあるため、外的要素に着目した規制よりも、より厳しい違憲審査基準が用いられなければならないからです。

 

Ⅱ.表現の内容に対する規制

  表現の内容に対する規制は、主に憲法第13条の幸福追求権とからんできます。幸福追求権について「あれ?」と思った方は、第8回を再読してくださいね。

  まず、一つは表現行為が他の人の名誉と衝突する場合です。人の名誉を侵害するような表現は一切許さないとした幸福追求権を優先させると、表現の自由は萎縮することになりますし、逆に、表現の自由を優先させて、表現行為による名誉棄損を野放しにすれば、名誉の保障は、どこかに飛んでしまいます。そこで必要なのが両者の調整です。

  次に挙げる「月刊ペン事件」は、日本の雑誌『月刊ペン』が1976年(昭和51年)3月号に掲載した「四重五重の大罪犯す創価学会」、4月号に掲載した「極悪の大罪犯す創価学会の実相」という記事に同会の当時の会長の女性関係を持ち出したことが名誉毀損罪(刑法第230条の2第1項)に当たるとして、第一審・二審では、編集長が有罪となりました。それに対して編集長は上告し、最高裁では、私人の私生活上の行状であっても、その人の携わる社会的活動の性質や社会に及ぼす影響力の程度によって、公共の利害に関する事実に当たるとして、差し戻しされた事件です。

憲法20-3

  この事件では、再審でも第一審・二審と有罪判決が行われ、さらに最高裁に上告しましたが、編集長本人が係争中に死亡し、審理は終了しました。

憲法20-4

  次は二つ目の表現行為がプライバシー権と衝突する場合です。プライバシー権についても、基本的な考え方は名誉の場合と同様と考えられますが、名誉棄損には刑法第230条の2第1項に規定される「真実性の要件」がありますが、プライバシー権にはありません。なぜなら、表現された内容が真実であればあるほど、プライバシーを侵害された者の損害が大きくなってしまうからです。

  そこで、プライバシー侵害については、表現行為の公共性とプライバシー侵害の程度を比較して違法性の判断が行われます。

  プライバシー権と表現の自由との関係が問題になった事件の例として、「宴のあと事件」を見てみましょう。

  これは、三島由紀夫がある実在の政治家とその妻とをモデルとした小説『宴のあと』の中で、夫婦の私生活をのぞき見したような描写がなされているとして、損害賠償請求がなされた事件です。

憲法20-5

  この事件で裁判所は民法上の不法行為としてのプライバシー侵害が成立するための条件の基準を次のように示しています。

①私生活上の事実、または、私生活上の事実らしく受け取られるおそれがある内容であること

②一般人の感受性を基準にして事実を公開された人の立場に立ったと仮定した時、公開してほしくないと認められる内容であること

③一般の人々にはまだ知られていない内容であること

  この事件は結局、控訴審で和解が成立して終わりました。

 

  しかし、その後、柳美里が顔面に腫瘍を持つ女性を主人公とする小説『石に泳ぐ魚』を著作したところ、その主人公のモデルにされたと思われる実在の女性が、損害賠償だけでなく小説の出版差止めも請求した事件では、最高裁は、プライバシー侵害・名誉棄損を認めて損害賠償の支払いとともに小説の出版差止めを命じました(最判平14.9.24)。

 

  そして、3つ目、表現の内容がわいせつ文書に当たるかどうかも、争われています。刑法第175条では、わいせつな文書、図書その他の物の頒布、販売、公然陳列、販売目的による所持は、犯罪として処罰の対象になっていますが、刑法第175条について、判例は、一貫して「性的秩序を守り」「性道徳を維持する」ことは公共の福祉の内容の一つであって合憲である――としています。

  その例として「チャタレイ夫人の恋人事件」を見てみましょう。

  この事件は、イギリスの作家D.H.ローレンスの作品『チャタレイ夫人の恋人』を日本語に訳した作家・伊藤整と、出版社社長に対して刑法第175条のわいせつ物頒布罪が問われた事件です。

憲法20-6

  まず、判例は、性表現や名誉毀損的な表現も表現の自由に含まれるとしています。

でも、これらを無制限に保障してしまうと、露骨な性表現がはびこる社会になってしまうので、性表現の規制については、刑法第175条でわいせつ物頒布罪を規定し、わいせつ物を頒布・売買した者に懲役や罰金を科すことになっています。

そこで、この判例は、この刑法第175条の性表現の規制の合憲性について判定しました。

どのようなものがわいせつとなるのかについて「いたずらに性欲を興奮又は刺激せしめ、且つ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」と定義しました。つまり、性的秩序を守り、最小限度の性道徳を維持するために、刑法第175条は合憲であるとしたのです。

 

Ⅲ.表現の外的要素

1)街頭演説、ビラ貼り、ビラ配りなどの自由

  街頭演説やビラ貼り、ビラ配りなどは、一般市民が広く世間に自分の考えなどをアピールする有効な手段となりますが、道路上で街頭演説やビラ配りをする場合には、道路交通法による規制を受けます。
判例では、街頭演説などは場合によっては、道路交通の妨害となり、ひいては道路交通の危険の発生や公共の安全を害することも考えられるので、道路交通法の規制は合憲としています。

  また、ビラ貼りは、屋外広告物法と各都道府県の条例で美観風致を維持する目的で規制されていますが、判例では、都市の美観風致を維持することは、公共の福祉を保持する所以から表現の自由に対し許された、必要で合理的な制限としています。

 

2)選挙運動の規制

  選挙運動については、公職選挙法上、①一定の選挙運動期間以外の期間における選挙運動の禁止、②戸別訪問の禁止、③法の認める文書・図書以外の選挙活動用文書・図書の頒布・掲示の禁止、④法定の要件を満たさない新聞や雑誌による選挙報道の禁止――など様々な制限が設けられています。

  選挙運動の自由は、表現の自由でも自己統治の価値を持つ重要なものです。そこで、これらの選挙運動の自由に対する制限が憲法第21条違反ではないかが、たびたび問題となっています。

  判例では、例えば事前運動の禁止については、選挙運動期間を指定しないで、常時選挙活動を可能にすると、不当・無用な競争を招き、選挙の公正を害する結果になるおそれがあるとして、この規制を必要で合理的な制限としています。
また、戸別訪問の禁止については、買収や利益誘導、生活の平穏の侵害などの弊害を防止し、選挙の自由と公正を確保する正当な制限としています。

 

  その他一切の表現の自由には、他の大事な表現の自由があります。次回は、多くの裁判事例のある報道・取材の自由と公務員の政治活動の自由について、解説します。

ページ上部へ戻る