第18回 表現の自由に対する制限

  第17回で、表現の自由には、自己実現の価値と自己統治の2つの重要な価値がある一方、他人の権利や利益と衝突することがあるとお話ししました。

行政書士講座

今回は、その衝突が起きてしまう場合には、どの程度までなら表現の自由が認められるか、言い換えれば、表現の自由に対する制限について解説したいと思います。

 

Ⅰ.二重の基準論

  何度もお話ししていますが、表現の自由は非常に重要な人権です。でも、無制限に認められるわけではありません。

ここで、第12回に出てきた憲法第13条をちょっと思い出してみましょう。第12回は幸福追求権について解説したのですが、その中に「公共の福祉」という言葉が出てきましたね。ここまでお話すれば、もうピンと来たと思います。

そうです! 表現の自由の限界は公共の福祉によってどの程度制限されるのかを考えなければならないことになります。

表現の自由は精神的自由権の一つです。精神的自由権を規制する場合の基準に「二重の基準論」があります。二重の基準論とは、精神的自由を規制する立法の合憲性は、経済的自由を規制する立法よりも特に厳しい基準によって審査されなくてはならないという理論です。

では、なぜ、経済的自由よりも精神的自由を規制する立法のほうが厳しく審査されるのでしょう。この理由は2つあります。

1.統治機構の基本をなす民主政の過程との関係です。

民主政の過程を支える精神的自由権は「こわれやすく傷つきやすい」権利です。したがって精神的自由権は裁判所がしっかりと守らなければならない権利とされているのです。

2.裁判所の審査能力との関係です。

経済的自由の規制については、社会、経済政策の問題が関係することが多いので、専門知識を必要とします。裁判所はそうした政策関係の専門知識があまりなく審査能力が乏しいといえます。そこで、裁判所としては、とくに明白に違憲と認められないかぎり、立法府の判断を尊重します。

  以上の点から、精神的自由については厳格な基準、経済的自由権については緩やかな基準が用いられることになります。

 

  精神的自由権に対する規制を審査する厳しい審査基準として、次の①~④があります。

①事前抑制禁止の理論

②明確性の理論

③「明白かつ現在の危険」の基準

④「より制限的でない他の選びうる手段」(LRAの基準)

です。

裁判所は、これら①~④のうちのいずれかを用いて審査しますが、これらの厳しい審査基準とはどんなものか、それぞれを説明していきます。

 

Ⅱ.事前抑制禁止の理論

  事前抑制禁止の理論とは、表現行為を公権力により事前抑制されることは許されないという理論です。憲法第21条第2項では、表現行為の内容を確認する検閲の禁止を規定しています。

これにまつわる裁判に「税関検査事件」と「北方ジャーナル事件」があります。では、税関検査事件から検証していくことにしましょう。

税関検査事件は、輸入業者Aがわいせつフィルムを輸入したところ、同フィルムが税関検査により関税定率法にいう「風俗を害すべき書籍」等に該当するとして輸入を禁止され、同処分が憲法第21条第2項の検閲にあたるとして争った事件です。

憲法18-1

  この判例は、まず、検閲とは何かを定義づけました。検閲とは、①行政権が、②思想内容等の表現物を対象とし、③その全部又は一部の発表の禁止を目的として、④網羅的・一般的に発表前にその内容を審査した上で、⑤不適当と認めるものの発表を禁止することと定義しました。そのうえで、この事件の表現物は国外で発表済みで、輸入禁止されても表現の機会が全面的に奪われるものではなく、税関検査は関税徴収手続きの一環として行われるものであって、思想内容等の審査・規制を目的としたものでないから、当該行為は、憲法第21条第2項で禁止する検閲には当たらないとしました。

 

  次の事件は、北海道知事選の立候補予定者について、雑誌社Bが批判・攻撃する記事を掲載しようとしたため、雑誌の発売前に裁判所が発売差止めの仮処分を行ったことが憲法第21条に違反しないかが争われました。

憲法18-2

  この判例では、裁判所の事前差止め(事前抑制)の仮処分は検閲には当たらないものの、原則として事前差止めは許されないとしています。そしてまた、この事件の判例は、事前抑制が例外的に許されるのはどのような場合かを示したと言えます。

事前抑制は原則として禁止されているが、厳格かつ明確な要件のもとで例外的に許されると言っているのです。

  さらに、厳格かつ明確な要件とは、①その表現内容が真実でなく、②公益を図ることが目的のないものであることが明白で、③被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあるとき――であることも分かります。

  以上2つのほか、教科書検定が検閲に当たるのかどうかも理論が多いところです。第一次家永教科書事件【最判平5.3.16】では、上記の税関検査に関する基準のもとに、教科書検定で不合格とされても、一般的図書としての発行は可能であるし、発表禁止目的もないという理由で、少なくとも検定制度自体は検閲には当たらないとされています。

  このように、判例での判旨は以後の裁判のよりどころともなるので、応用ができるようになるまで読めるといいですね。

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