第15回 信教の自由

  第14回では、精神的自由権の一つとして、日本国民はどんな思想や主義を持っていても、心の内に留めておけば処罰されたり、思想や主義の変更を求められないことを学びましたね。人が自分らしく生きていくための心のよりどころには、思想や主義のほかにもう一つ「宗教」があります。

行政書士講座

人間が、一般的にどんな宗教を信仰しても許される権利を「信教の自由」と言いますが、この信教の自由は、中世ヨーロッパの宗教的弾圧に対する抵抗から発生し、その後もさまざまな宗教戦争を経て成立した経緯を持つ、歴史的に重要な、意義ある精神的自由権の一つです。

  日本でも安土桃山時代から明治の初めまで、キリスト教が禁止されていた時代がありました。明治政府がキリスト教の活動を公式に認めたのは、明治維新から31年経った1899年です。今でこそ当たり前に感じる信教の自由ですが、意外に歴史は浅いと思いませんか?

さて、日本国憲法では第20条第1項で、国民が宗教を信仰してもしなくても、宗教の選択や変更をすることも、自由に決定できると規定しています。さっそく、憲法第20条を読んでみましょう。

憲法15-1

  第20条で規定されている「信教の自由」は、次の3つから構成されています。

1.信仰の自由

2.宗教的行為の自由

3.宗教的結社の自由

1の信仰の自由とは、宗教を信仰してもしなくても、選択や変更をすることも個人の自由にできるという権利、2の宗教的行為の自由とは宗教上の祝典・儀式・行事や布教などを自由に行えるという権利、3の宗教的結社の自由とは宗教行為を行うことを目的とする団体を自由に結成できるという権利です。

このうちの信仰の自由は、心の中に留まるものですから、思想・良心の自由と同じように絶対的に保障されています。

  しかし、これに対して宗教的行為の自由や宗教的結社の自由は、外部への行為を伴うものなので、他人の権利や利益にマイナスになったり、社会に悪影響を及ぼす場合には、制限されることがあります。

では、なぜ他人の権利や利益にマイナスになったり社会に悪影響を及ぼすと、制限の対象となるか分かりますか? もう分かりますね!

「公共の福祉」に反するからなのです。

まず、宗教的行為の自由について争われた事件として代表的な一つの判例を見てみましょう。

  ある宗教の祈祷師が、精神病を患っていると思われる女性の母親から依頼されて、女性の病気を治すために、縛り付け・押さえ付けて加持祈祷を行いましたが、その際にお線香の煙でいぶしたり、殴るなどの暴行を加え、その結果女性は全身に皮下出血を負い、急性心臓麻痺で死に至りました。宗教上の行為に当たる祈祷師が行う加持祈祷は、信教の自由の保障が適用されるか否かが争点となった事件です。

憲法15-2

  裁判所は、宗教の加持祈祷行為でも人を死に至らすような場合は宗教的行為の限界を超えているとし、祈祷師を処罰することは違憲ではない、と判断しました。言い換えれば、宗教的行為の自由は、他の人の利益を侵害する場合は制限を受けると言うことです。つまり、宗教的行為の自由は、公共の福祉の制限を受けるのです。

 

  次は、宗教的結社の自由について争われたオウム真理教解散命令事件についてです。この事件は、言わずと知れた、大量殺人を目的として計画的で組織的にサリンを生成した宗教法人・オウム真理教に対して、宗教法人法の所定の事由に該当するとして解散命令が出された事件です。

憲法15-3

  この事件は、心情的には、判例を見るまでもなく誰もが解散は当然と思う事件ですが、ここは、行政書士試験受験のための勉強なので、法律に従って、判例を読んでみましょう。

  裁判所は、まず、「解散命令が出て宗教法人としての法人格を失っても、団体そのものが消滅するわけではなく、法人格を有しない宗教団体として存続していくことができ、信仰を実践していくことはできる」とあくまで、信教の自由は認めています。あのオウム真理教でも、自分で信仰するだけならOKというのです。

そして、「確かに、解散命令が出ると清算手続きが進み、教団が持っていたさまざまな財産を処分しなければならず、その意味で今まで通りに信仰生活が送れなくなることはあるかも知れない」とも言っています。さらに、「憲法が保障する『信教の自由』の重大さに鑑み、宗教法人に対するこのような法的規制が、憲法上許されている行為なのか、実体的に見ていく必要がある」とも言っています。

しかし、原審(下級裁判所で行った第一審)が確定した事実として、オウム真理教の教祖や幹部は、多数の信者を動員し、教団の資金を投入して大量殺人を目的とした毒ガス・サリンを大量に生成したこと明らかになっています。そこで、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められるとともに、宗教団体の目的を著しく逸脱した行為と明らかなので、解散命令は違憲ではない、と結論づけました。

この事件も、公共の福祉を害する行為であることが、解散命令が出される要因の一つとなったのです。

 

  このほか、信教の自由をめぐる事件で重要な判例は、俗に剣道実技拒否事件と言われる事件です。下表の判旨をよく読んで、何が憲法第20条に対して問題となっているのかを、しっかり確認しましょう。

憲法15-4

  判旨の中に「政教分離原則」という聞きなれない言葉が出てきましたね。次回は、その「政教分離原則」について、細かく見ていくことにします。

 

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